1995年1月17日5時46分、阪神淡路大震災。
私の場合は、幸い家屋や家族は無事でしたが、避難所の救援物資で飢えを凌ぐとか、ボランティアの方々のお世話に
なるという事態が我が人生に起こるなどとは、それまで想像もしていませんでした。また、我が家(当時は、同じ芦屋市
内ですが現在の住居とは違います)は震度7地域だったため、地鳴りとともに激しく揺れている間は立ち上がることさえ
も出来ず、「もしかして、建物が崩れ落ちたら死ぬかもしれない」と死を覚悟したものでした。そんな“我が人生で最も凄
まじい体験”は、ホームページという自分のコメントを発信する場を持つ者としては何年経ってもやっぱり書き続けていか
なくては(震災に対する認識度のまるで違う他地域の人たちに向けて、懐中電灯の予備電池の用意さえしていないよ
うな人たちに向けて書き続けていかなくては)…という思いで、1998年のMarian’s Pageの開設以来、毎年(しつこい
と思われながらも?)1月17日には話題にし続けてきました。震災そのものの報道的なコンテンツはネット上にいっぱい
ありますから、私がいまさら書かなくてもということもあり、震災後の毎年のその時々の思いを綴っただけのものですが、
ただ思い出し追悼するというだけでなく、あの大災害から教訓を得て日常の防災に活かしてほしいという願いもこめてい
ます。そんな今までの記事を総集編という形でこの場にまとめて再掲載させていただきます。(※掲載当時の原文のま
まです)
Marian
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