私が、「我が人生において、とてつもなく大きな出来事を体験した日々」から11年
が経ちました。職場が被災し、友人・知人が亡くなったり大怪我をしたりし、親類た
ちの家が崩壊しました。私自身も(住居や家族は無事でしたが)緊急援助物資を
いただいて飢えを凌ぎました。備品が散乱し壁もひび割れて余震でいつ崩れ落ち
るかというような職場で(別棟は崩れて立ち入り禁止でした)、人事担当だった私は
必死で従業員の安否確認の電話をしました。 あれから11年、その時の体験や思
いは消えることなく今も私の中にあり続けています。
年末年始に九州で親類たち10数名と温泉に行った時、旅館の部屋に着くやいな
や、部屋の窓(ベランダ)の周囲の状況や、室内の懐中電灯の設置場所、廊下や
非常口の状況をチェックしていたのは私一人でした。感心している(呆れている?)
親類たちに「阪神大震災を体験した教訓なのよね…」と言うと、「旅館じゃけん、いざ
という時は非常灯も点くじゃろうし、従業員が誘導してくれるとよ!」と言われました。
このあたりが、あの大震災の体験の有無の違いだとつくづく思いました。大震災レベ
ルになると、従業員が誘導できる状況、非常灯が点く(自家発電装置が稼動する)
状況ではないのです。暗闇の中を這ってでも脱出して自力で生き延びるしかない…
って感じ。(もちろん、建物が崩壊すれば非常口どころじゃありませんが、その時は
もう命も…?)
いざという時には日頃の小さな積み重ねが明暗を分けることがあるやもしれません。
災害体験の無い方々も、他人事と思わずに災害から身を守る意識を持ってください。
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